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「人質までとってコイツを寄越せとは随分なめた真似してくれるじゃねぇか…」

政宗は腰に挿した六の刀の柄に手を置き、松永 久秀が陣を敷く場所へとやって来た。

政宗の後ろには小十郎、遊士、彰吾と少数編成の伊達軍兵。

「やぁ、独眼竜とその右目。よく来たな」

正面には松永 久秀。その後ろには人質にとられた伊達軍兵士達が崖のせり出た先にある柱に縄で縛られていた。

柱の下には板が渡され、地面と柱は縄で辛うじて繋がれている状態だ。

遊士はそれを目にして顔をしかめる。

縄を斬られたら一貫の終わりだ。柱にくくりつけられている人質諸とも崖下へ真っ逆さまだ。

「てめぇが松永 久秀か」

「そうとも…」

松永は悠然とした態度で伊達軍を迎えた。

政宗は刀を抜き、構える。

その隣で小十郎も刀を抜いた。

途端、ピンと空気が張り詰め、ピリピリとした殺気がその場を満たす。

遊士と彰吾もそれぞれ己の愛刀の柄に手をかけ、抜刀はしないものの警戒体勢をとった。

その様子を松永は面白そうに眺め、口を開く。

「ふむ、…どうやら機嫌はあまりよくないようだね」

「人の領地に土足で踏み込んだあげく、他所に出した斥候を人質にとるたぁ姑息な真似しやがって!」

言葉と共に溢れだす政宗の鋭い殺気が松永に向けられた。
刀の切っ先を松永に据え、政宗は低く唸るように言う。

「この落とし前、つける覚悟はあるんだろうな!」

政宗の後ろで遊士も松永を睨むように見据えた。
だが松永は政宗の言葉も意に介さず手にしていた刀を振るった。

「もちろんだ。…まぁ、君次第だがね、独眼竜」

ブツッ、と嫌な音がして崖の先にある柱が一本、人質を付けたまま崖下へと落ちていく―。

「―て…めぇ!」

「―っ!」

政宗は激昂し、遊士は目を見開いて息を詰めた。

「さぁ、六爪を渡したまえ。それで終わりだ」

「…っの野郎!」

「お待ち下さい、政宗様!」

前へ出ようとした政宗を小十郎が前へ出て制す。

「ここはこの小十郎にお任せを。…貴方の手を薄汚い血で汚す必要はない!」

その後ろでは、思わず飛び出しかけた遊士を彰吾が抑える。

「成りません遊士様。ここは小十郎殿に…」

「…っ!」

遊士の視線の先で小十郎と松永が激しく刃を交えた。

ギィン、と刃同士がぶつかり鈍い音が響く。

「…卿らは何を怒っているのかね?」

小十郎の刀を受け止め、松永は弾き返す。

「分からねぇとは…、てめぇは芥(あくた)以下だな!」

ダンッ、と強く地面を蹴り刀を水平に寝かせたまま横に払う。

「…なるほど。伊達の当主は刀の為に部下を見捨てるか、…真っ当な考えだ。私も見習うとしよう」

「勘違いするんじゃねぇ!てめぇを倒して皆を救う、それだけのことだ!」

そして、下から上へと流れる様な動きで斬り上げた。
しかし、次の瞬間、何の前触れもなく火花が上がり熱風が小十郎を襲った。

「ぐぅ…っ!」

風に乗って届いた独特の匂いに遊士はクンッと鼻を鳴らし、あたりをつける。

「火薬だ!ソイツ、火薬を仕掛けてやがる」

遊士の鋭い指摘に、松永の視線が小十郎から遊士へ向けられる。

「ほぅ、…正解だ。だが、今さら分かった所で卿らに選択肢はないのだよ」

松永は柱の前に立ち、柱と地面を繋ぐ縄に刀を宛がった。

「これでも私も忙しい身でね。おまけにこれと決めたものはすぐに欲しい性分だ」

刀が縄に食い込み、ギチッと縄が耳障りな音を立てる。

「てめぇ、どこまでも卑怯な…!」

「小十郎!」

政宗は松永を睨み付けたまま、小十郎を引き留める。

「ひっ…筆頭…」

「だ…大丈夫です…。俺らっ、…皆、死ぬ覚悟はできてるっす…!」

「…だから、六爪は…絶対渡しちゃダメっす…!」

それまで黙っていた人質が、政宗の窮地に、青ざめ震える声でそう言った。

「さぁ、独眼竜…」

松永が急かすように刀をじわじわと縄に押し付ける。

「―っ、待て!」

政宗は低く押し殺した声でそう言い、腰に挿していた六の刀を鞘ごと抜いた。

そしてそれを松永に向かって投げる。

ガシャン、と刀が地に落ち音を立てた。

「くれてやる」

「筆頭!そ…そんな、ダメっス!」

「うるせぇ!てめぇらは黙ってろ!」

政宗は騒ぐ彼等を一喝し、黙らせると殺気の籠った目で松永を睨み据えた。




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